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ちっぷの嵐日和〜嵐はあけぼの〜(仮)

嵐と関ジャニ∞とTOKIOが好きです。ここではジャニーズのこと書いていきます。Twitterは@ik_jjj

トラウマ

この記事は嵐関係ないので、興味が無い方は読まなくても結構です。

 

ちっぷは基本的に、人を信じません。

信じる人は、家族と数少ない友人とジャニーズだけ。

人間は皆魔物。

 

ちっぷはダメな人間なのです。

短所を挙げますと、

暗くて、自称闇深人間で、

へそがぐにゃんぐにゃんに曲がっていて、

心もきっちり捻くれていて、

人間的に欠陥だらけですわ。

 

そして、一人暮らしを初めて1ヶ月とちょいが経ちまして、

ずっと一人でいると、

思い出すんですわ、過去を。

そして自分の中に封じ込めて、見て見ぬふりして来た、

過去のトラウマを思い出す。

 

 

アレは、小学生のころだ。

小学2年の頃までは普通の子で、

多少男子に泣かされる事もあったけど、

それでもその時は普通に男女ともにまあまあ話したり出来た。

この頃から絵をよく描いていた。

描いた絵を見せてあげたりもしていたが、

一度だけ、落書きされた事がある。

貸してと言われてかしたら、

落書きされて帰って来た。

ああ、鮮明に覚えてるよ。

当時は何とも思わなかったが、

今だったら裁判だよ。裁判。

 

小学3年の頃、クラスのある男子。

彼は問題児で有名な子だった。

彼は誰彼かまわず物理的な暴力に出たり、

暴言を吐いたり、

教室中を暴れ回ったり、

いろんな人に迷惑をかけまくっていた。

私は彼が怖くて、先生に泣きつくも、

先生にはしっかりしろ、泣くなと言われ、

泣き寝入りするしか無かった。

 

4年生の頃は、自分の方が荒れてて、

正直あの態度じゃねえ、嫌われるのは当然だ。

この頃から一人でいる事が多くなって、

心を閉ざすようになった。

当時は挨拶が嫌で、

おはようすら言えなかった。

あの頃は確実に自分に非があって、

反省すべき点はたくさんある。

今、挨拶は例え親しくなくても、

おはよう、ありがとう、よろしく、お疲れ様、ばいばい

くらいは絶対言おうって思ってる。

 

そして、4年生のマインドを引きずったまま5年生に。

男に揶揄われ、女にも陰口を叩かれ、

特定の人としか絡めなくなった。

当時も荒れていたので、

ある程度はしょうがないが、

これだけはどうしても解せないと思ったのが、

自分が描いていた絵を馬鹿にされたとき。

顔も名前もはっきり覚えてるよ。

当時、漫画家を本気で目指していて、

暇あればいつなり漫画を描いていた。

しかし、それを勝手に覗き見されて、

言いふらされて、ネタにされて、

それは中学生になってからも続いた。

冷静に考えてこれって、

名誉毀損で訴える事が出来るよね?

民事かな?これは。

少なくとも今現在だったら考えてたね。

これをきっかけに男には完全に心を閉ざした。

話しかける事も無い。

 

小学6年は、キツかった。

小学6年って、反抗期に入るころで、

先生に反発するのがカッコいいみたいな風潮があった。

当時の担任の先生も、

若くて頼りない女性の先生で、

クラスの治安は酷い有様だった。

学級崩壊ってやつ。

男子にはどうしようもなくヒドいのがいて、

支配型サイコパスYがいた。

こやつなのではなかろうかね、学級崩壊の元凶はよ。

支配型サイコパスYは気に入らない事があればすぐに暴力をふるい、

また、こやつにくっついている金魚のフン共も、

支配型サイコパスYに逆らう事が出来ないのか、

はやし立てるばかり。

また、暴力が横行していて、

当時、指に輪ゴムを引っ掛けて、

固く折り曲げた紙をそれで飛ばす、

所謂パチンコってやつが流行っていて、

私は何度もそれをぶつけられた。

消しかすを投げつけられたり、

ドッチボール以外の場面で、

意図的にボールをぶつけられたりもした。

また、女子の間では、

DQN女Kが仕切るグループと、

私が所属しているグループの、

2つの派閥に別れていて、

リーダー格のDQN女Kに始業式早々いじめらた。

この頃は、絵を揶揄われ、趣味を笑われ、

「笑うな、お前の笑顔、気持ち悪い」と言われ、

今思えば、よく死なずに生きて来れたもんだ。

ああ、発狂しそうだ。

おい、当時のクソ共…今こそ我の前に現れよ。

そなたらの命を奪い、永久(とこしえ)の闇に沈めよう。

さあ、来るがよい…

 

さて、荒れていた荒れていたと書いたが、

どう荒れていたのか、正直に白状しよう。

自分は攻撃的になっていた。誰に対しても。

暴力的で、

八つ当たりしたり、

モノに当たる事が多かった。

あんなの、自分でも嫌だよ。

当時の自分を、殴ってやりたいね。

また、すぐ調子に乗るタイプで、

鬼の居ぬ間にと言うか、

自分の敵になる人がいないと分かると、

とことん調子に乗るタイプ。

見ていて痛い奴。

ああ、これじゃ、

支配型サイコパスYのこと言えないね。

 

実はこの頃、塾でもいじめられててね。

仲の良かった子に言われた衝撃の一言。

「ちっぷと一緒にいると、いじめられる」

そこで言われた自分の業と、

そして自覚した自分の非。

でも、当時は今思えば、

自分がサイコパスなのではないかと思うほど荒れていて、

非を認める事が出来ず、ひねくれて、

今でも元に戻せないくらい、心がねじ曲がった。

そして失った、友達という存在。

そして誰に対しても心を閉ざした。

 

そして中学生になった。

自分に生理的に合わない担任、そして、

今度は女子からのいじめ。

好きな人は?と聞かれて、

いないよと答えても、

しつこく質問攻めされ、

好きな人いるんでしょ?正直に言いなよ。

と、何度も問いつめられた。

聞こえるように悪口を言われ、

ああ、陰湿って、こう言うことを言うんだね。

そう思った。

男子には容姿を笑われ、

しゃくれだの、目がデカくてキモいとか言われた。

そして、担任は、

やる気ガー努力ガーと無茶な根性論をたれる悪い意味での脳筋で、

何かあるたびに説教だった。

そんな担任には変に気をかけられ、

ほんの数秒の遅刻でも、廊下に放り出されて説教され、

そして放課後遅くまでの居残りさせられた。

今思えば、怠けてたんじゃなくて、

行きたくなかったから遅刻してたんだと思う。

食事は一人でさせて…皆と一緒じゃ、落ち着いて食べれない。

あんな担任、感謝なんて出来ないね。

担任よ、今こそ我の前に出よ。

貴様を殺し、魂を永久(とこしえ)の混沌(カオス)に送り、

貴様の子孫を、何代先も呪ってやろう。

 

そして完全にコミュ障ぼっちに。

今の自分が出来上がってしまった。

中学3年の頃は、皆受験のせいかさすがにマシになり、

自分も非を認め、暴力と決別した。

中学3年は勉強の記憶しか残っていない。

 

俺は、ろくな義務教育時代を送っていない。

高校は共学だったが女子が大半の学校に行っていた。

高校時代は楽しかった。

友達に出会い、嵐に出会い、

やりたい事を見つけた。

ファッションに目覚めたのもこの時。

学校行事に本気になれたのもこの時。

 

でも、それでも人間へのトラウマが消えず、

一人が落ち着く人間になってしまった。

仲のいい友達がいても、ご飯は一人。

たまーに絡むくらい。

でも、高校の環境は、

休み時間に絵を描いても、

誰にも何も言われない。

夢のようだった。

 

でも、高校卒業後、

専門学校では、仲のいい子がいたが、

学校を辞めてしまった。

その後は本当にぼっちで、絡む人もいない。

専門学校も高校同様、女子が大半で出会いも無く、

加えて自分には友達もいなかったので、

学校行って、課題をやって、そして帰るの繰り返し。

トラウマも癒えていないので、

やはり人には心を閉ざしたまま。

その後自分は、ずっとやりたかったファッションを優先し、

学校を退学して上京した。

 

上京したら今までのようにいかせまいとするも、

ここでも仲のいい子は皆学校を途中でやめてしまった。

気付けば一人。また、

学校行って、課題をやって、そして帰るの繰り返し。

 

専門学校2年(大学でいうと4年)の頃、

自分は寮が耐えられなくなった。

自分は上京するまでは、田舎の一軒家で、

近所迷惑なんて考えずに生きて来た。

勿論、向こうにも迷惑をかけられることなく、

静寂の中で過ごしていた。

しかし上京してから1年8ヶ月住んでいた寮では、

マナーのなっていない寮生、隣人の話し声、

壁を叩く音、廊下での立ち話、

髪の毛と経血で汚い共同浴場、臭いトイレ、

それが全てストレスで、落ち着かなくて、

大好きだった絵も、描けなくなって、

夜もうるさくて、眠れなくなって、

昼夜逆転状態になって、気分が沈んで、

だんだん心が病んで、不登校になった。

少しの汚れも気になるようになり、

他人の抜け毛なんて見たくもさわりたくもない。

そしてそれはずっと両親に隠していたが、

バレたのが去年の11月。

そして12月に、両親公認のもと、

自分は逃げるように退寮した。

因みに寮生活で、体重が4キロ落ちた。

朝晩豪華なご飯付で、食べるものには困らなかったのに。

 

そして現在。

帰省が終わって東京に帰って来た時。

自分は本気でひとりぼっちになってしまった。

一人にはなれていたはずだ。なのに、

いざ一人で生きていくとなると話は別。

柄にも無く寂しくなって、

でも、リアルで話せる相手はいない。

それで完全にスマホ依存症になった。

血眼になってレスポンスを待っている。今でも。

気が付けば時間は深夜になり、早朝になり、

眠る時間が削られて、再び遅刻を繰り返すようになった。

就活もあるのに、このままでは…

 

 

これらの経験から、自分がかかった病気。

 

自分で自分をこじらせた結果、コミュニケーション障害

男からのいじめがきっかけで、男性恐怖症

寮生活のストレスが原因で、潔癖症

寂しさのあまり、スマホ依存症

 

もうね、どうしろと…

 

こんな時でもジャニーズは癒し。

こうして自分は逃げていくのか。

 

気が付けば、嵐に逃げ、

ゴスロリに逃げ、

現実から目を背け続けた。

でも、そんなことやっててもトラウマに何度も遭遇する。

アンリーなんて、衝撃だったからね。

そして、同じ穴の狢新アンリー、

熱愛愚痴垢。後輩叩きスマヲタ。

ジャニヲタもめんどくさいクソ共が多い。

特に去年は大変だった。

 

 

と、こんな事書いて俺は何がしたいんだろうね。

拭えぬトラウマをここに書いても何も変わらないのに。

 

 

自分にまだ残るあの頃の名残として、

暴力的な思考に走る事がある。

いくつか前の記事でも、

気に入らない奴に対して、

殺してやるとか言ってしまうあたり、

自分のレベルの低さがよく分かる。

でも、殺してやりたいんだ、

復讐したいんだ。

少なくとも、自分を苦しめた元同級生たちには。

物理的に殺しはしないよ。逮捕されちゃうじゃん。

でも、そうでもしないと、癒えない。

人並みに恋をする事も出来ない。

 

 

さあ、愚かなる者共よ、我のもとへ来るがよい。

そなたの命を奪い去り、

その御霊(みたま)を永久(とこしえ)の混沌(カオス)に沈め、

果てぬ絶望を授けよう。

 

と、邪気眼中二病もバッチリ発症しました。

いやー、めでたくない、めでたくない。

 

さて、ちっぷが人として正常に戻るのは果たしていつかな。

自分で自分が見物だよ。

 

 

 

 

おまけ

 

これはどこでの話なのかって?

これは生まれ育った場所での事なので、

出身地は今まで関西出身としか言ってなかったけど、

ヒントなら言ってもいいよ。

ってか、言わせて。

去年、とあるスポーツ選手がクスリで捕まっただろう。

そのスポーツ選手の出身地と同じだよ。

全く、あそこはろくでもない。

いっそ家族と親戚以外滅んじまえば良いのに。